印西八景~大六天の眺望~  

3月に木下街道沿いを巡りました。
 
 (過去記事)
 木下街道ランブル ~浦部鳥見神社編~
 木下街道 ~観音寺の乳とか私の父とか~
 木下街道散策はまだ続いていました
 百庚申塔



今回、その時に行けなかったエリア 永治小学校の周辺に行ってきました。

目指すは小学校裏手にあるはずの大六天神社。
永治小先で木下街道を左折後すぐに案内板が。


IMG_1752.jpg


大六天神社。
おお、月影の井も。この辺だったのか。
思わずテンションが上がる。
そんな私を何が楽しいんだと怪訝そうに見る夫。(そりゃそう)



まずは右へ。

大六天神社

IMG_1721.jpg

小さな駐車スペースに車を停める。

前日スーパーで一足一足休み休み歩いていたのと同一人物とは思えない速さと足取りで
(この現金っぷりには自分でツッコまずにはいられない)
ウッドチップが敷き詰められた柔らかな小道を歩く。


IMG_1724.jpg
右手金網の向こうはプール。

IMG_1748.jpg
(写真左手 丹念にお掃除をされていました)



こんもりとした小山に鳥居。
(写真だと高低差が全く分からないけど小学校の築山くらいの高さ←わかりにくい)

IMG_1726.jpg

IMG_1728.jpg
その先には小さな祠。


とはいえ、大六天神社に関する知識が全くない。
Wikipediaによれば、大(第)六天神社という名の神社は全国に存在し、
元々は神仏習合の時代に第六天魔王(他化自在天)を祀る神社として創建されたもの
であるが、明治の神仏分離の際、多くの第六天神社がその社名から神世七代の第6代の
面足命・惶根命(オモダル・アヤカシコネ)に祭神を変更した。

ということです。コピペです。


IMG_1725.jpg

こちら「大六天の眺望」は、印西八景のひとつに数えられています。
NPO法人印西市観光協会

従来の印西八景では写真の案内板の通り「大六天の手賀沼」と紹介されていましたが、
新印西市の新印西八景では「大六天の眺望」と少しだけ変わっています。


IMG_1729.jpg

IMG_1730.jpg

祠の裏手から見下ろす。
(この写真だとちょっと高くなっているのかわかる)


IMG_1733.jpg

IMG_1736.jpg

若々しい苗のみどり。
田植えを終えたばかりの田園風景の美しさ。

毎週(とは言わないけど月一でも)この場所から眺められたらなぁ。
(と主人の顔を見て呟いてみたけど、苦い表情だった、やはりか)

田んぼを見るとそれだけで幸せな気持ちになるのは、私だけなんだろうか。



ちなみに、写真右手あたりは『22歳の夏休み』での子さんが走ったたんぼ

 



IMG_1739.jpg

IMG_1740.jpg

IMG_1746.jpg

遠くに見えるのが手賀沼。
夕景とかきれいかもしれない。


360度。

[高画質で再生]

大六天の眺望 [アクセスカウンター]
map大六天


観光協会のリーフレットから。

 ≪大六天の眺望≫
 印西市の北西にある手賀沼は江戸・明治の時代は「つ」の字形のひとつの大きな沼であったが
 明治から大正にかけての干拓・新田開発のため、北部手賀沼と南部手賀沼に二分されました。
 以前は生活排水で水質が悪化しましたが、現在は多くの人の努力によって昔の姿を取り戻しつつ
 あります。永治小学校脇の水田の彼方に手賀沼の美しい水面を望むことができます。


IMG_1750.jpg
「手賀沼干拓発祥の地」の碑

関連記事
スポンサーサイト

Posted on 2012/05/29 Tue. 18:08 [edit]

category: 散策

tb: 1   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://yuruhono.blog.fc2.com/tb.php/222-8919d797
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

鮮魚(なま)街道めぐり その①

千葉テレビの番組「鮮魚街道を歩く」が放映された。出発地は自宅から20km地点にある我孫子市・布佐。江戸時代からの歴史道・・・興味深深の散策めぐり。 放映ルートに沿って、江戸時代に栄えた「鮮魚街道・まつど道30km」めぐりをスタートした。

リタイア後の悠々スローライフ | 2016/09/10 12:18

プロフィール

カテゴリ

全記事表示リンク

最新記事

月別アーカイブ

カレンダー

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

QRコード


▲Page top