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『ズッ友』  

2014年6月25日
神聖かまってちゃんのニューシングル『ズッ友』5,963(ごくろうさん)枚限定発売中!

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[収録曲]
1.ズッ友
2.夏のゆーれい部員スタートっ!
3.躁鬱電池メンタル


薔薇を背負った麗しきふたりのセーラー服の男性の描かれた70年代少女漫画風ジャケット。
その2次元の世界を3次元で再現するかのようなミュージックビデオ。
監督は若き鬼才山戸結希。
去年観た『おとぎ話みたい』のヒロインはあまりにも鮮烈だった。




 『ズッ友』

 春の日の午後 雨はちらつき
 涙もろいね 季節はずれだ
 初恋はまだ 黙り続ける 
 涙が出たと 勘違うから
 きっと言葉に できないよねと
 隠れ場所でも探してみるか
 教室を出て 真実を見てほしいから

 たまに歌えばいいのかな 君に出会ったんだ
 白目に咲いた物語 2人だけになりたい
 激しくキスしたら ズッこけていったんだ
 あやとりする君と 絡まる鏡の中で

 春の街角 そんな場所など
 ないと思うよ 信じこむから
 理科室の窓 開けないとほら
 涙が出たと 勘違うから
 ママに言えないことができてく
 まるで私は 季節外れだ
 教室を出て ヒトカラ駆ける街の中

 たまに歌えばいいのかな 君に出会ったんだ
 冷ややかな目で見られたい 2人だけになりたい
 社会を隣して ズッこけていったんだ
 帰りたくないから君に 飼い殺されてたい

 神は罰するか 
 私の白い部屋で鳴る このワルツ
 新しい世界が 魅惑な君がいた
 マリア少々のお許しを
 私の本性 美しすぎて
 バイオロジカルを 超えてく君がいた

 花火大会を通り越し
 君んちに行ったんだ
 ベランダ2人腰かけて
 なぜか寂しくなる
 ずっといっしょにいられる?
 キスしたらズッこけていったんだ
 あやとりする君と 絡まる鏡の中で

 春の日の午後 雨はちらつき
 まるで私は 季節はずれだ
 初恋はまだ 黙るだけです
 きょうの続きを 信じるだけです

 信じるだけです
 愛がどーとか いらん茶々です
 信じるだけです
 今日の続きを 信じるだけです





耽美的煽情的な表現が織り込まれた歌詞。
親に言えないこと、それは思春期の後ろめたさ。
随所に漂う背徳の匂い。
切なく感傷的で情熱的で美しい言葉と音。
その中にときに照れ隠しのように敢えて「外し」をぶち込んでくる。
(そもそもタイトルが『ズッ友』…)
それはいつものの子さんの手法。配信でもライブのMCでも
細心の注意を払って作り上げたものに崩しを入れる。
その綻びや歪みの部分に引っかかり親しみや愛着を覚える。
非の打ちどころのなさはとっかかりのなさ、人は歪さにこそ惹かれるのかもしれない。

MVはの子の歌詞の世界に忠実なだけでなく、
こうした表現方法もの子的やり方を擬えているかのようだ。
主役の成人男性ふたりが身に纏うのはにセーラー服、学校を舞台に
「“男と女”でも、そして“男と男”や“女と女”でもない」
美しくもケイオティックな映像が展開される。
これはいったいなんなんだ。見る人の注意を引かないはずがない。
の子的、かまってちゃん(神聖かまってちゃんかつ構ってちゃん)的手法。
あるいは山戸監督という人がもともとそういうやり方をする人なのか。
多くの神聖かまってちゃんファンは既に『パヒパヒ』の洗礼を受けており、
今回のMVもその延長線上にあるという印象だった。
白、赤、ピンク。これらの色が効果的に用いられる。
未分化の真っ白から赤と白の交わりを経て、男でも女でもない、桜色へ。
桜の季節に桜色のふたりが手を携え未来を目指す―
なんなんだこれは。(再)
男と女。無秩序と整合性。美しさと歪さ。
あらゆる相反する存在が渾然一体となってピンク色の混沌へ。
笑ったりツッコんだりすればいいのか。
どこを切り取っても美しい倒錯の世界にうっとりじ~んと浸ればいいのか。
どちらも正解なのだろう。考える前に気持ちがそのように反応している。


以前、配信での子は「さとちゃんの曲を作った」と言っていた。
ワンマンが自分の思ったようにはいかず、精神的にひどい状態であった彼を救ったさとちゃん。
そのときのことをの子は心から感謝していると言っていた。
の子にとってさとちゃんは大きく大切な存在であるのは想像に難くない。

ズッ友がその曲なのだろう、そう思った。
そのとき彼はその曲は人に聞かせるために作ったものではないというようなことを言っていたし、
その後どこかで彼がこれをさとちゃんの曲だと言ったか否かは知らないけれど。
あるいはさとちゃんバージョンの歌詞が別に存在するのかもしれない。
と、もう妄想に近い勝手な想像でしかないけれど、彼の心の在りよう込みで作品に対峙する
これは神聖かまってちゃんの楽しみ方の神髄かなって気がしてる。


曲の最後、の子は「愛がどーとか いらん茶々です」と歌う。

自らの感情への躊躇、戸惑い、
思いが通ずる喜び、一緒にいられる幸せ。
誰よりももっと深く近く―もどかしさ独占欲嫉妬心不安。
誰かを強く思い求める気持ち、それを「恋愛」とか「憧憬」とか「友情」とか
そういった言葉で分けることには意味がない。性別も関係ない。
の子がこの曲に込めた思いはそんなことなんじゃないかなと思っている。

ためらいもときめきもしあわせも後ろめたさも不安も切なさも。
誰にも覚えのある感情。だから聴く人の心にも響く。

あるいはもっとストレートに友だちの存在がうれしいありがとう、かな。
MJでもさとちゃんに向けて絶叫していた。終始穏やかでいい顔をしていたけれど、
最後の泣き顔みたいな笑顔と「歌詞忘れちった」のあたりは、
感極まってそれ以上言葉を連ねることができずにいるようにも見えた。


それはそれとしてYouTubeのコメント欄などで展開しているジェンダーに関する論争は
予想の範囲内というよりは彼の意図したところでもあるのだろう。
MVに英語字幕を付けたとなればなおさらだ。
ジェンダー関連の文化(主にポップカルチャー)がガラパゴス的発展を遂げた我が国と
海外とでは文化的宗教的背景も捉え方も違う。
そこまで織り込み済みでインターネットの波に乗せたのだろう。
スルーされるよりはディスでも印象を与えること。
の子がやってきたやり方。神聖かまってちゃん的手法。


とまあ勝手な感想をずらずら並べてしまったけれども、
『ズッ友』はメロディアスホーリーセンチメンタルノスタルジックな
神聖かまってちゃんサウンド全開のニューシングルです。

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Posted on 2014/06/27 Fri. 21:27 [edit]

category: 神聖かまってちゃん

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