FC2ブログ

Raindrops  

季節がまた逆戻りしてしまったように寒い雨の日。

雨の日にときどき思い出すうたがあります。

「雨だれ小僧ちゃん ぽつんっと空から落ちてきた」
歌詞の続きは忘れました。最後に
「雨だれの 首飾り」
で終わります。

メロディは今でもよく耳にします。



『雨にぬれても(Raindrops Keep Fallin' On My Head)』 B・J・トーマス


「ママとあそぼうピンポンパン」のなかで歌われていた曲でした。
おねえさんの名前も覚えていません。
当時はがいこくのうたなどとはもちろん知らず、
でも子ども心にすごくこころにしみるいい曲だなと思い、
番組を見ている日にこの曲が流れるとそれだけでとても幸せな気持ちになりました。



っていうのをつい20分ほど前思い出して歌いだしの歌詞で調べてみたら、ありました。



『レインドロップス』というタイトルがついていたのですね。
原曲の歌い出し(というかタイトルの最初)の単語。
英語の言葉を解することができないくらい幼い頃だったのでしょう。


おねえさんの服装・帽子、これはまさしくピンポンパン。
シンペイちゃんとカータンと、ぼんぼんぼうしのおねえさん。



YouTubeすごいです。インターネットはすごい。
私は普段それほどYouTubeを見る習慣がないのですが、
(決まったチャンネルくらいしか見ない)
記憶の断片でしかなかった映像が思い立ったときにすぐさま目の前に再現されるというのは
ほんとうにすごいことです。(語彙力が欠如しているため「すごい」としか言えてません)

簡単に手に入り過ぎて拍子抜けするくらいに…
いや、いちゃもんをつける気は毛頭ないのですよ、
ただあまりに呆気なくみつかって面喰っているのです。

しかし、よく当時(といっても何年前かはわかりませんが)の映像が残っていたものです。
どなたか存じませんがアップ主さんには感謝の気持ちでいっぱいです。

それにしても「雨だれ小僧ちゃん」というワードだけで動画以外にも
求めていた検索結果が正しく得られたことにも心動かされます。
このうたが自分だけでなくこんなにも多くの人の心の中に残っているんだなと、
見ず知らずの同世代の誰かと思いを共有したような気持ちになってしまいました。

寒の戻りの3月末、気持ちだけでもほんのりとあたたかさを感じました。





蛇足ながら
今雨の日に聴きたい曲はこちらです。




『ベイビーレイニーデイリー』 神聖かまってちゃん


牧の原公園のひょうたん山、
滝野公園、
千葉ニュータウン中央駅と印旛日本医大行きの電車―
レインドロップスのピアノ…

美しく抒情的なメロディが冷たい雨の日に沁み入ります。


(→ロケ地巡り過去記事『ベイビーレイニーデイリー』)





スポンサーサイト



Posted on 2014/03/20 Thu. 17:06 [edit]

category: recall

tb: 0   cm: 0

どれみふぁ  

こどもの頃暑い季節に飲んだ飲み物といえば。
梅酢(あの赤くてしょっぱい液を水で割って飲んだ)、
梅酒の水割り(梅ジュースというものは当時はなかった、アルコールなので当然体がぽっぽする)、
やかんで沸かしてから冷蔵庫で冷やした麦茶(ときどき砂糖入りでテンションが上がった)、
カルピス、そしてサイダー。

当時は炭酸と言えばサイダー、サイダーと言えば三ツ矢サイダー
というのが定番だった気がする。

三ツ矢サイダー(NTTコムウエア/ニッポン・ロングセラー考

mitsuya.jpg

瓶入り。
栓抜きで王冠を開けるとしゅわーっと煙のように微かに上がる飛沫。


ペットボトルに変わる前はいろいろな飲料や調味料が瓶入りだったから
栓抜きは本当に日常必需品だった。
ついでに缶詰はFOE缶(パッカン)じゃなかったから缶切りも必需品。
栓抜きや缶切りは お勝手の食器棚の引き出しにも、
お茶の間の蝿帳(こんなの↓)の片隅にもいくつも入っていた。

     
ミニ桐蠅帳ミニ桐蠅帳
()
シャディ

商品詳細を見る


同じ場所には牛乳瓶の紙ブタを開ける針もたくさんしまわれていた。
(アイスの棒みたいな形のプラスチックの先に針がついている)
栓抜きにせよ紙ブタ開けにせよ、お店とか牛乳屋さんでもらうから自然にたまっちゃうんだよね。

そういえば、コンビーフの缶って今でもゼンマイ巻みたいな金具が付いてるよね。
(昔よりずっと巻き取り易くなってるけど)
コンビーフ缶のあの独特な形状はシーラカンス的郷愁があってなんか好き。

ついでに言うと、トマトジュースには缶の上部に小さな金具がついていた。
今みたいにプルトップ式になる前。
先の鋭い小さなスパナみたいな形の金具。
てこの原理でスパナの先端部分で2か所穴をあける。
ひとつは飲み口用で 反対側にはもう一つ空気の入り口用。
空気穴がないと中身がうまく出てこない。(という実験をした人は少なくないはず)


・・・
三ツ矢サイダーまで戻るね。
この王冠をいくつか(忘れた)集めて送ると当たったのが、ドレミファコップ。
(ASAHI / 三ツ矢の歴史

「グラス」じゃなくて「コップ」っていうのに時代を感じる。
おぼろげながら今でもCMを覚えている。
ずらっと並んだコップをマレット(木琴のバチ)みたいなので
順番にたたく子ども。
きれいな音階やメロディが奏でられる。

こ・れ・は。ものすごく楽しそう。

多分日本中の子どもたちが(大人も)そう思ったはず。
誰もがドレミファコップのことを知っていたし、欲しがっていた。
(具体的なエピソードは思い出せないけどとにかくそうだった)

もちろん我が家も例外ではなく。
家族の人数分王冠を集めて、ひとりずつの名前を書いて応募した。

忘れかけたころ、一つの荷物が届く。
妹宛。
それがドレミファコップだった。

「すごいっ」
「本当に当たるんだね」
「さすがは○ちゃん(当てた妹の名)だね」
一同嬉しさのあまり小躍り。
当てた妹を讃えまくり。

すぐさま開けようとするのをたしなめられる。
「お父さんが帰って来てから」

夜。帰宅した父が厳かに包みを開ける。
音符柄のコップが8つ(1オクターヴ分)。
指定量の水を入れることで音階が生まれるのだ。
(確かそうだったと思う)

コップを音階の順番に並べてそっとたたく。
力みすぎて割ったりしないように。

おおっ!鳴った、鳴ったっ!!

・・・ ・・・ ・・・

「じゃ、しまっておこうね」
ドレミファソラシドを一通り鳴らしたところで
しまっちゃうおじさんのように父が言う。

「うん、そうだね。」
一同同意。

世の中で評判のものが我が家に来てしまった緊張感と、
その貴重なものを割ったりしてはいけないという思いと、
今一つどう遊んでいいかわからない感と。

多分家族全員が同じ思いだった。
こうしてものの10分か20分で我が家のドレミファコップは
再び箱の中に収まった。

さらに一回り大きな段ボールに入れられお勝手の食器棚の上に置かれた。
その後何度か私や妹が出してほしいと頼んだけれど、両親とも面倒くさがって
「あとで」「また今度」というばかりだった。

父の字で「ミツヤ ドレミファコップ」と書かれたその段ボール箱は
2度と開かれる日はなかった。
(何年も前に家と共に取り壊されてしまってるはず)

この一件で我が家に残ったのは「妹はくじ運が強い」というジンクスのみだった。



集めてもらえる話をもう一つ。

永谷園のお茶漬けには一袋に一枚広重の東海道53次のカードが入っていた。
これを所定枚数集めて送るとカードセットがもらえるということで、
母がせっせと集めていた。
枚数が揃い送ったところ、届いたのは箱に入った小さな53枚のカードセット。
紙質は少しよく(厚く)なって、裏は無地(確か茶色一色)だったけれど、
(おまけのカードはカードセットの応募方法などが書かれていた)
大きさは集めたカードほとんど変わらない。もちろん絵も同じだった。
「なにこれ?集めたんと同じだがね」
明らかがっかりする母。
(何を期待してたんだ?何をもらえるか明記されてるのに)
母は即行でそのカードセットをタンスにしまい込むと
それきり2度と手に取って見ることはしなかった。

その後はお茶漬けを食べる頻度も減った(かどうかまでは覚えてない)。



何だかどちらも尻すぼみな話だ…

でも、この手のものって結局のところ王冠なりカードなりを集めてる間が
一番わくわくして楽しいのかもしれないね。。



以上、ちょっと懐かしい昭和の景品の話でした。

Posted on 2012/08/27 Mon. 01:45 [edit]

category: recall

tb: 0   cm: 2

月見草(マツヨイグサ)  

夏の夕暮れをイメージさせるものをもうひとつ。

マツヨイグサ。

1206272.jpg

この辺りでもよく見かけます。
草丈や葉、花の付き方などからすると数種類に分類できそうですが
ニュータウンの広大な空き地に生えているのはオオマツヨイグサが多いようです。



実家の庭に咲いていました。
とうに両親ともなくなり、兄弟それぞれ自分の家を持ち、
だれも住む人のないまま人手に渡り今はもうない実家。


母が1株どこからかいただいたものが年を経るごとに増えて、
いつしか生垣の外側をぐるりと埋め尽くすまでになっていました。

当時は今のようにどこの原っぱにもみられる花ではなかったと思います。
初めて花を咲かせたときには その薄い黄色の花びらの可憐さに
心浮き立たせた記憶があります。


母はこの花のことを月見草と呼んでいました。
私もそれに倣いました。
夜に月を見上げて咲く花。月の色の花びら。
楚々としたその風情にもぴったりだと思いました。

本当の名前を知ったのはずっとあとになってから。
マツヨイグサ。待宵草。
やはり夕暮れに花開くことから付けられた名なのでしょう。
なかなかロマンティックではあります。
夢二の『宵待草』はあまりにも有名です。

でも、「マツヨイグサ」というのも悪くないけれど
私としてはこの花の名は月見草であってほしかった。
月見草という名はこの黄色い花こそが似つかわしく思えます。

そう、本物の月見草はマツヨイグサの仲間ではあるけれども
その花の色は白。(それが萎むころにはピンク色に変わる)

太宰も『富嶽百景』の中で富士山に似合う花として月見草を挙げていますが、
これも実はマツヨイグサであったようです(「黄金色の花」とあります)。
(青空文庫で読み返しちゃった)
太宰にとっても月見草の花は黄色だったのです。



と、こんなところで何を言っても仕方ありません。
でも、以下ここでは当時の呼び名「月見草」で行くことにしましょう。


夏。
昼の間照りつけていた日差しが和らぎ、
夕風が心地よく肌を撫ぜる時間。
昼間の熱のこもった家のなかよりも外の方が過ごし易い。

夕涼みに庭に出ます。
母は近所のおばさんたちと立ち話。

庭先に揺れる月見草の細く長い茎。
たくさんのつぼみを付けています。
それらのつぼみをひとつひとつ吟味して回ります。

みどりいろの顎に固くおおわれているものはまだ早い。
顎の間から黄色い花びらが見えているもの。
ぷくぅと膨れていて今にも開きそうなもの。
1枚くらい花びらがめくれかけていればほぼ間違いありません。

“今日のうちに咲くはず”

その時を待ちます。

はちきれそうに膨らんだつぼみ。
待ちきれず人差し指と親指で挟んでそっと力を込めると
「ぽうっ」と音を立てて中の空気が抜けます。
(あるいはあたまのなかだけで聞いた音だったかもしれません)
この微かな感触が好きでした。



太陽が沈んでそこらじゅうの輪郭が少しずつぼやけてきます。
辺りは闇色に染められつつあります。

そろそろ始まる。
さっき当たりを付けたつぼみたちを見回ります。

月見草の開花。
意志を有した生き物みたいに花びらが動き始めます。
早回しの映像のようにゆるゆる開く花。
一晩きりの開花を待ちわびていたように。
短いその時を惜しむように。
その間ほんの1,2分。

YouTubeにそんな開花の様子を上げている方がいらっしゃいました。
(「マツヨイグサの開花」)


大人たちの談笑の声は受け流し、
しんとした「静」の音に耳を傾けるひととき。

次第に深くなる闇。
黄色く光る月見草の花。


帰ることのない故郷の家の庭。

夏の日暮れどきの風景。

Posted on 2012/08/15 Wed. 03:59 [edit]

category: recall

tb: 0   cm: 0

プロフィール

カテゴリ

全記事表示リンク

最新記事

月別アーカイブ

カレンダー

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

QRコード


▲Page top